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リコーダーとオブリガートチェンバロのための ソナタ イ短調
定価:1,400 円
作曲者と作品
カール・フィリップ・エマニエル・バッハ(以下C.Ph.E バッハ)は1714年ヴァイマルで、J.S バッハの次男として生まれました。ミドルネームの「フィリップ」は名付け親G.Ph テレマンに由来しています。C.Ph.E バッハは、J.S バッハの3人の息子の中で最も成功した作曲家でした。職業音楽家としてのスタートは遅く、即位前のフリードリヒ2世の宮廷にチェンバロ奏者として仕えたのは1738年(24歳)ころでした。そこで演奏作曲家としての名声を得たC.Ph.E バッハは、テレマンが死去した翌年1768年(54歳)にハンブルグに移り、テレマンの要職を引き継ぎました。鍵盤楽器の巨匠となったC.Ph.E バッハは「大バッハ」と呼ばれ、彼の著した「正しいクラヴィーア奏法」は、J.J クヴァンツの「フルート奏法」、L モーツアルトの「ヴァイオリン奏法」とともに、バロック音楽を志す人の必読書となっています。音楽的には父J.S バッハよりもテレマンの流れを汲み、バロック音楽から古典派への重要な橋渡しを果たしたC.Ph.E バッハは、1788年(74歳)ハンブルグで死去しました。
本書の作品は「フルートソナタBWV1020」をリコーダーソナタに書き換えたものです。1900年に刊行された旧バッハ全集には無伴奏のパルティータ、トリオソナタを含め、フルートを用いた室内楽作品が8曲収録されていましたが、その100年後の2000年に完成した新バッハ全集では、BWV1031とBWV1033 の2曲がJ.S バッハの真作ではないとして削除されました。旧バッハ全集ではヴァイオリンソナタとして収録されていたこのBWV1020も同様に削除されています。J.S バッハの真作ではないとされたBWV1020とBWV1031は音楽的な構造が酷似しており、明らかに同一人物の作品です。真の作曲者についてはC.Ph.E バッハが、父 J.S バッハの指導のもと作曲したという説が有力です。C.Ph.E バッハ自身は、BWV1031について、父の作品と述べており、BWV1020、BWV1031ともJ.S バッハが深く関与していたことは間違いありません。
曲は急・緩・急の室内ソナタ形式です。第一楽章は、分散和音によるチェンバロの長い前奏の後、フルートが下降音型によるカンタービレ風の旋律を奏で始めます。フルートとチェンバロの動きは構造的にBWV1031とほぼ同じです。第二楽章は、フルートの穏やかで息の長い旋律を支えるチェンバロの存在感が印象的です。BWV1031の第二楽章同様、時にはフルートと絡みながら、チェンバロは最後まで8分音符を刻み続けます。第三楽章は穏やかな第二楽章から一転してフルートとチェンバロが互いに模倣し合いながら力強く進行していきます。前奏が短いことや繰り返し記号などから、この楽章もBWV1031を彷彿とさせます。
バロック時代のフルート作品の多くは、短3度上げてリコーダーで演奏することができました。なかには明らかにそれを前提に書かれたと思われる作品も見られます。ただしこれは不可逆なことで、リコーダーの作品を短3度下げてフルートで演奏することはありません。そもそもフルートの音域はリコーダーの音域を包括しており、ほとんどのリコーダー作品は移調なしにフルートで演奏できたからです。
作曲家自身がリコーダーの作品をフルート用に書き換える場合でも短3度下げることはありませんでした。ヘンデルのトリオソナタ(HWV386)にはリコーダー版とフルート版が存在しますが、リコーダー版はc-moll、フルート版は短2度下のh-mollで書かれています。J.S バッハは、リコーダー2本を用いたEs-durのマニフィカトをフルート2本用に短2度下げてD-durに書き直しています。
テレマンもデュエットB-dur(TWV 41:B3)の冒頭で次のように、フルートは短2度下のA-durで演奏するよう指定しています。
この冒頭部分は、フルートはハ音記号をト音記号と見做し、ヴィオラ・ダ・ガンバはヘ音記号をハ音記号と見做し、頭の中で調号をA-dur にすることで、楽譜の書き換えなしで演奏できることを意味しています。
本書のBWB1020は、短3度上げてリコーダーで演奏することはできません。
音域的には可能なのですが、短3度上げると♭が5つ付いた変ロ短調という、リコーダーにとって非現実的な調になってしまうからです。長3度上げてロ短調 にするとリコーダーが苦手とするF#6が頻繁に出てきます。何よりも、短3度上げるとオブリガートチェンバロの音域が、当時の一般的なチェンバロの最高音(D6)を超えてしまいます。
本書では、前述のヘンデル、J.S バッハ、テレマンに倣い、2度上げてイ短調にしました。書き換えにあたっては原曲のフルートとチェンバロの関係をできるだけ維持しましたが、いくつかの箇所でオクターブ調整しています。演奏していて気になる部分があれば、オクターブ上下して演奏してください。チェンバロの右手の空白部分には小さな音符で和音を補充しています。これは参考例と捉えて、バスの下に記した数字を基に和音を省略または補充して自由に演奏してください。
本書のような書き換えは珍しいことではなく、J.Sバッハは、次のように「2本のフルートと通奏低音のためのトリオソナタト長調(BWV1039)」を「ヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガート・チェンバロのためのソナタト長調(BWV1027)」に書き換えています。
「音楽の練習帳」は、1728〜29年に出版された「忠実な音楽の師(Der getreue Musik-meister)」の続編といえる曲集で、バロック音楽の演奏家にとって最も重要なレパートリーの一つです。「忠実な音楽の師」は、テレマン以外の作曲家の作品も含め、器楽曲や声楽曲など、様々なジャンルの作品を69曲収録した100ページにわたる大規模な曲集ですが、それとは対照的に「音楽の練習帳」の収録作品は、ソロソナタとトリオソナタ各12曲と、ジャンル、曲数ともコンパクトにまとめられています。また、相対的に「音楽の練習帳」は「忠実な音楽の師」より高い演奏技術が求められています。
曲は、Vivace ― Mesto ― Allegro の室内ソナタ形式です。チェンバロの右手に付加した内声は元のヴィオラ・ダ・ガンバパートと区別できるようやや小さな音符で記していますので、バスパートに付けられた数字を基に、省略、変更、追加し、自由に演奏して下さい。アーティキュレーションや装飾記号は、写本の通りに付けています。こちらの方も、参考例と捉えて、自由に演奏してください。また、楽譜の旗も可能な限り写本の通り連桁しています。